「文字起こし」は、録音された音声を聞き、言葉を文字に起こす仕事です。テープ起こしともいいます。

文字起こしには、次の3つの種類があります。

  • 素起こし(=逐語起こし)
  • ケバ取り
  • 整文

「素起こし」は、音声をそのまま忠実に文字に起こす方法です。「えー」などのケバも残し、笑い声や相づちも文字化します。逐語起こしともいわれています。

正確な記録が必要な裁判記録などに使用されます。

音声をそのまま文字に起こすだけなら簡単そうに思えます。

とんでもない!

音声を忠実に文字に起こす作業は簡単ではありません。

さらに、表記ルールにのっとって文字化しなければいけないため、知識も必要です。

こちらでは、素起こし・逐語起こしに必要な知識とコツをお伝えいたします。

素起こし(=逐語起こし)とは

素起こしとはケバ取りも修正もしない文字起こしの方法

文字起こしには、主に3つの種類があります。

  • 素起こし・逐語起こし: 音声を忠実に文字化する
  • ケバ取り:       不要語を削除・修正する
  • 整文:         読みやすく整える

素起こし・逐語起こしとは、音声を忠実に文字化することですか。

そうです。笑い声や相づちなどもそのまま文字に起こします。

「えー」「あのー」などのケバもそのまま残します。

もちろん、国語的な誤りも修正しません。

例文で具体的に確認してみましょうか。

【例文:素起こしとケバ取りと整文の違い】

音声: えーっと、卒業してからですかね、旅したんすよ、あちこちの国を。

【素起こし】

えーっと、卒業してからですかね、旅したんすよ、あちこちの国を。
(音声に忠実)

【ケバ取り】

卒業してからですかね、旅したんすよ、あちこちの国を。
(ケバを取る)

【整文】

卒業してから、多くの国を旅しました。(ケバを取って倒置法と話し言葉を修正)

【例文:素起こしとケバ取りと整文の違い】

音声: うんうん、工事は、必ず必須だと思ったわけですよ。

【素起こし】

うんうん、工事は必ず必須だと思ったわけですよ。
(音声に忠実)

【ケバ取り】

工事は必須だと思ったわけですよ。
(ケバを取って明らかな重複を修正)

【整文】

工事は必須だと思いました。(重複と終助詞を修正)

例文の「必ず必須です」は危険な間違いですね。思わず修正してしまいそうです。

素起こしは、明らかな間違いであっても、直すわけにはいきません。

たとえ「必ず必須です」であっても、ぐっとこらえて、そのまま文字に起こします。

音声に忠実にすべての言葉を文字に起こす、というのは、なかなか難しいものです。

ただし、録音音声にある近所を通り過ぎたパトカーのサイレンの音などは、文字に起こす必要はありません。

素起こしで文字に起こすものを確認しましょう。

【素起こしで文字に起こすもの】

言葉・相づち・笑い声

【素起こしで文字に起こさないもの】

工事音、雷、サイレンなど周囲の騒音

素起こしでは、発言を一言一句漏らさず厳密に文字に起こすことが重要視されます。

素起こしとタイムスタンプ(タイムコード)

素起こしは笑い声も相槌も文字に起こす

素起こしは、音声を正確に文字に起こすことなのはわかりました。

でも、録音音声が不明瞭だったり、複数音声が重なると、聞き取れないことがありそうです。

どうしたらいいですか?

そういうときには、タイムスタンプを記入します。

聞き取れなかった部分に「●●00:00:00」などの表記をします。この表記の方法は、文字起こしの会社によって異なります。

タイムスタンプ(タイムコード)とは、音声の経過時間を原稿に記載することです。聞き取れなかった部分にタイムスタンプの表記をすることもあります。

素起こしは、音声に忠実であることが求められるため、推測で補える部分であっても、聞き取れない場合にはタイムスタンプを表記します。

素起こしでは相づちや笑い声も記載する

ケバ取りや整文では、不要な相づちや笑い声は削除されます。

しかし、素起こし・逐語起こしでは、全てを文字に起こす必要があるため、相づちや笑い声も削除せず記載します。

相づちであれば、「うんうん」「そうそう」など、音声のまま文字に起こします。笑い声であれば、「会場・(笑)」など、誰が笑ったのかまでわかる表記が求められることもあります。

【用途】素起こしが向いているのは法務資料など

素起こしは、どのような用途に向いていますか?

発言をそのまま残す必要がある資料に向いています。

次のものは、素起こしで依頼されることが多いです。

  • 法務(裁判記録など)
  • 市場調査
  • カウンセリング
  • 会話分析

ケバ取りや整文をした文章のほうが、読みやすいのは確かです。しかし、会話をニュアンスまで含めて全て残すことが必要な裁判記録などは、素起こしに向いているでしょう。

【知識】素起こしに必要な表記の知識

素起こしは表記ルールに合わせて正確に

音声をそのまま文字にするのが素起こしです。

では、聞こえたまま、とにかく文字にすればいいかといえば、それは違います。

え、違うのですか。

どういったことに気をつければよいのでしょう…

素起こしに限らず、文字起こしをするなら、表記の知識が必要です。

例文で確認してみましょう。

【例文:音声】

かぞくにうそだといわれましたせっとくしてくださいよろしくおねがいいたします

音声を、よくある間違いを交えて文字に起こしてみます。

【例文:間違った素起こし】

家族に「嘘だ。」と言われました。説得して下さい。宜しくお願い致します。

短い例文ですが、なんと5つもの表記の間違いがあります。

正しい例を見てみましょう。

【例文:正しい素起こし】

家族に「うそと言われました。説得してくださいよろしくお願いいたします

細かい表記の間違いが5つありました。

一つひとつ確認しましょう。

1.✕ 嘘 → ◯ うそ

嘘は常用漢字表にないため使用しない。

2.✕ 「。」 → ◯「 」

「」かぎかっこの文末に句点は打たない。

3.✕ 下さい → ◯ ください

「ください」が補助動詞の場合は、ひらがなを使う。

4.✕ 宜しく → ◯ よろしく

「宜」は、常用漢字表に「よろしい」という読みがないため、ひらがなを使う。

5.✕ 致します → ◯ いたします

この場合の「いたします」は補助動詞であるため、ひらがなを使う。

どうやら校正の知識も必要ですね。

文字に起こしさえすればいいわけでないのがよくわかりました。

表記は何に基づいて判断すればよいでしょうか?

判断の指針となるのは、文化庁の常用漢字表などです。[注1]

しかし、これらの指針を一つひとつ照らし合わせていくのは難しいため、参考となるテキストを使うのがよいでしょう。

国の指針に沿って、統一された基準を記載した本があります。そちらを手元に1冊置いておきましょう。

次の一冊があると安心です。

  • 共同通信社「記者ハンドブック」

「記者ハンドブック」は、新聞や雑誌記事などで表記の基準とされています。書店で販売されていて手軽に手に入ります。

ただし、依頼によっては、標準的な表記をしないこともあります。依頼に合わせて表記ルールをしっかり確認しましょう。

[注1]参考:

文化庁/常用漢字表

文化庁/送り仮名の付け方

文化庁/現代仮名遣い

文化庁/外来語の表記

【素起こしの練習】表記を確認してみよう

素起こしの練習

表記についての理解を深めるため、おもな表記ルールごとに、少し練習をしてみましょう。

ひらがな・漢字・カタカナ表記

記者ハンドブック「用事について」の項には、漢字・ひらがな・カタカナの使用についての基準が記載されています。

練習してみましょう。

【音声】

ふわふわしたいぬがきゃんきゃんほえたようです

【素起こし】

ふわふわした犬がキャンキャン吠えたようです。

ポイントは3つあります。

  1. 擬態語は平仮名 → ふわふわ
  2. 擬音語は片仮名 → キャンキャン
  3. 助動詞・補助用言は平仮名 → ようです(✖️:様です)

短い文章の中にも複数のポイントが出てきて驚きます

数字の表記

文字起こしでは、数字は基本的に算用数字(アラビア数字)を使用します。

ただし、熟語や、数字が固有名詞の一部である場合には、漢数字を使用します。

全角か半角かは、仕様を確認しましょう。

練習してみましょう。

【音声】

しのごのいわずにひとつめのしんごうをわたってくださいとつたえました

【素起こし】

の言わずにつ目の信号を渡ってください」と伝えました。

「四の五の」は慣用句だから漢数字。「1つ目」は順序だから算用数字を使用します。

数字表記のしっかりした知識が必要ですね

使い分けの基本的な考え方は覚えておきましょう。

算用数字「1など」: ほかの数に置き換えられる数字(数えられる数字)、数量、順序

漢数字「一など」  : 語句を構成する要素である数字、慣用句、ことわざ、熟語

「記者ハンドブック」や仕様を確認して、間違いなく表記しましょう。

素起こし(=逐語起こし)は音声に忠実に

「音声をそのまま文字に起こすだけなら簡単だろう」と思ったら大間違いなのがおわかりいただけたかと思います。

はい。

正確さが求められるため、手間もかかり、専門的な知識も必要なお仕事だとわかりました。

話したことは目には見えませんが、文字になると可視化されて記録されます。そのため、一言一句を責任持って正確に表記する必要があるのです。文字起こしに必要な知識を身につけて、経験を積んでいきましょう。

【参考文献】

一般社団法人 共同通信社「記者ハンドブック 第13版」共同通信社

廿里美「文字起こし&テープ起こし即戦力ドリル」株式会社エフスタイル